2024年10月16日(水)、家政学部生活経済専攻の額田先生の授業「生活と経営学特論2」において、東信水産 代表取締役社長の織茂信尋様をお招きし、「セントラルキッチン(以下CK)の導入による魚屋のイノベーション」に関する研究会が開催された。講義の他、実際にCKで作られた冷凍刺身を試食し、最新の冷凍技術を用いて開発された商品の品質の高さを実感させていただいた。
以下では、織茂様のお話からの学びを、①鮮魚小売業の従来のビジネスモデルの課題、②CKの導入による課題解決と効果、③CKの可能性と今後の展望、の3構成で記したい。
「今までの魚屋」
従来の鮮魚小売業では、各店舗で、多くの技術者が、丸の魚を捌く作業から調理・加工まで、を手作業で行っていた。その為、作業工程が多く、お客様に最も美味しい魚の食べ方をお伝えすることができるはずの人物が店舗全体の面積約8割を占めるバックヤードで、淡々と魚と向き合い続けるという事象が生じてしまっていた。この現象を経営学の視点で捉えると、「家賃」(利益を生まないバックヤード(調理場)前提とした幅広い面積を必要とし)、「経費」(幅広い調理を行うための原材料・機材等)、「人件費」(店舗毎の技術者・販売員)、を必要とするという、労働集約型モデルで利益率の低い収益構造であった。賃料、設備・機材を稼働させるための水道光熱費、そして人件費が上がり続け、少子高齢化により買い手の減少が予測される社会の状況に対し、持続可能な魚屋である為には従来のビジネスモデルを改革するイノベーションが求められていた。
「東信水産の挑戦」
そこで、東信水産は課題解決の手段として、2019年6月、荻窪に「東信館」という冷凍技術を導入した刺身、寿司、惣菜、切り身を作るCKを設立した。CKとは、複数の店舗に提供する料理や食材を一括で調理・加工するための集中型調理施設のことである。外食チェーン等においては既に導入が一般化しているが、鮮魚小売業においては真新しい概念だった。東信館では、刺身、寿司や惣菜などの作業・加工を集約して行えるよう、(i)衛生エリア(ii)準衛生エリア(iii)作業エリア、と3つのエリアをゾーニングした。通常、生食用・惣菜加工等では衛生上の対応が異なることから、集約をすることが困難とされていた。しかしながら、東信館では、導線に基づいた合理的な設計の元、この条件をクリアし、実現させた。これにより、従来は店舗毎に行っていた作業・加工に付随する「場所」と「人」を削減し、調理場のないコンパクトな店舗の展開、販売員のみを必要とするスリムな人員構造、を可能にし、「家賃」「経費」「人件費」の削減を実現することが出来た。また、一括仕入れにより、原価を下げることも実現できた。2店舗での検証の結果、両店ともに営業利益の改善が見られ黒字化した。[1]
これらは、経済的な効果のみならず、誰もが長く働き続けられるという意味から職場環境における持続性も高めることが出来た。先に記したように、CK導入前の魚屋では、各店で丸魚を捌く作業から行っていたため、開店時間に合わせ、早朝に出勤し、バックヤードで作業に追われる、というシフトが常態化していた。しかし、東信館の設立により、限られた人数で夜勤帯のシフトで一括調理・加工が出来るようになった。これは、社内の働き方改革に繋がり、魚屋は朝が早く大変という常識を覆すことが出来た。
また、東信館では、技能実習生として主にベトナム国籍の人たちを雇用している。実習生にとって、東信館での魚の調理・加工における専門的な知識や言語と共に日本文化を体験できる事は有意義であり、東信水産にとって、実習生は労働力としての存在のみならず異なる文化や視点を得るという意味から職場の多様性を高めるという利点に繋がる。しかしながら、新たな挑戦には課題がつきものだ。通常、実習生にとって、日本企業での勤務経験は、帰国後のキャリアに大きな強みとなるとされている。しかし、彼ら(彼女ら)の母国では鮮魚小売業が身近ではないことから、帰国後に大きな強みとなるとは言い切れず、実際通訳などの職の方が賃金は高い。この課題に対し、織茂氏は「実習生が日本または母国で魚屋として、長期的なキャリアを築けるよう取り組みたい」と仰っていた。
「CKの導入がもたらす、魚屋の未来」
このように、鮮魚小売業におけるCK導入は、『従来のビジネスモデルの課題の解決』や『新たな食のニーズに対する選択肢』をもたらした。時代の変化とともに消費者の購買行動や志向、ライフスタイルが変化している。東信水産はCKの導入による一括した作業・加工により、即食出来る刺身や寿司から趣味で料理を楽しむ人に向けた丸魚など、多様なニーズに対する、多様な商品ラインナップの展開を実現した。また、冷凍技術を活用し、新鮮な旬の魚を捌き・冷凍し、全国のお客様に届け、好きな時に解凍しお召し上がりいただく、という新しい価値を生んだ。
東信水産の織茂氏は、水産業界における冷凍技術の可能性について、相場の安い時期に新鮮な魚を冷凍し、計画的に在庫を持つことで、安定的な食料供給が実現できることから「産地における冷凍設備の拡充を推進したい」と述べていた。
[1] 織茂 信尋著.水産即食商品(刺身、寿司)向けセントラルキッチンの開発と有用性についての研究.日本フードサービス学会年報.第27号,p. 34-48.
今回の研究会には、家政学部食物学科の松月先生にもご同席頂いた。他業種においても、社会の変化が食の業界にもたらす影響は類似しており、病院の現場においても、働き方改革への対応ゆえに省人化が求められ「冷凍技術」の導入が推し進められているとのことであった。鮮魚小売業のビジネス・流通プロセスを見直し、東信館の導入を推し進めた東信水産様の知見は、食の異なる業種にも応用が可能であると感じた。また、「従来の常識を疑い変化に対応すべく、進化する技術を活用しながらありたい姿を創っていく。」という織茂様の姿勢が体現された成果に感銘を受けた。今回、貴重な研究会に参加出来たことを光栄に思い、今後の学びに生かしていきたい。
生活経済専攻1年 I.A